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謹賀新聞をお受け取り頂いた皆様各位
元日の記事に誤りがありました。 ヘッドラインは霞ヶ関ではなく永田町です。 ということは、本文はKGS48ではなくNGC48であります。 新年早々謹んでお詫び申し上げますとともに 皆様のご多幸を心よりお祈りいたします。 鮹(編集委員) ![]() 海外に出るたびに、必ず一度は美術館に行くようにしている。 美術史というものを全く勉強したことがないので 浴びるようにして絵を見て、網膜から直接脳に刻み込もうとしている。 そういうことを何度か重ねてわかってきたことは、 昨今カメラ・レンズメーカーや日本の写真愛好家たちがやろうとしているほとんど全てが、 数百年も前にすでに数多くの画家によってなされてしまっているということだ。 フェルメールのThe Artist Studioを見にウィーンの美術史博物館まで行ってきた。 隅から隅までいっさい手を抜かずに完璧に描写された絵に見えたのは 画家と被写体との間にある「透明な」空気だった。 身震いするかのようだった。 写真はこれを超えられるのか? 超えられないにせよ、肩を並べられるのか? 写真を芸術として捉えようとするのであれば、 ある必然性をもって、過去の芸術作品に無いものを 作り出していかなくてはならない。 自分にはまだ、触れていない絵が多すぎる。
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